子どものためによかれと思って

子供を型にはめる叱り方は逆効果

育てていることがわからないのです。

内閉性と名づけるつまり、人にうまく自分を合わせることのできる
同調性である111が粘着性。ねちねちしていて、執念深くしかも几帳面。曲がったことが大嫌いで、何事も100パーセント、完全にしないと気が済まない。しかも癇癪持ち。我慢強いが、ある限度を越えると大爆発する。これが粘着性の特徴だ四が自己顕示性。別な言葉でヒステリー性格ともいう。ヒステリーという病気と間違われやすいので、われわれは自己顕示性といっている。徹底した自己中心性。自分を実力以上にひけらかそうとする五として最後は、神経質。いろんなことが気になり、頭の中に一つのことがこびりついてなかなか離れないくよくよして自分の体のことを絶えず気にしている人間の性格の表現の仕方は、どれが何パーセントと表わす。

中学受験は損得で考えることではありません。

これら五つの性格を全部持っていると見て、どれが何パーセント一番比率が高いのが、その人の中心の性格と見てよい。
この方式で父·茂吉の性格を調べてみると、トップにくるのが粘着性だ。
番目が内閉性。この三つであるが、特に粘着性が強い。
二番目が神経質で、三もう少し具体的に言うと、癇癪持ちで、人さまには非常に礼儀正しくてやさしい人と見られるところが粘着性性格の特徴の一つは、バカ丁寧ということだ。

 

先生のほうが悪いなどと言ってはいけません。

子どもたちがこんなふうに思う人さまにサービスしている反面、自分が我慢しているわけである。我慢に我慢を重ねているのが、あるところまでいくと、大爆発する家族からすると恐ろしいおやじとなるわけだ。
それから、冗談が全然通じない。四角四面で、わたしが父を笑わせようと冗談を言うと、り出すことがあった。また、その仕事ぶりを見れば、粘着性ということが十分うなずける。
く、生涯の仕事ぶりを見てみれば、執念深いのひと言につきる突然怒とにかそれと、粘着性の人はある程度、文字を見るとわかる。その字は、ぐっと
威張ったようで、くずれたところが全くない。三島由紀夫さんの文字はハンで押したような、活字のようなキチンとした字であり、氏にも粘着性が混入していた証拠といえる。

母胎から産み出されてしまう父は手帳を肌身離さず持っていた。
われているが、何事も細大もらさず手帳に書いていた。
わたしもメモ魔といこれは父からの影響が多分にあると思う。
父は何ごとも几帳面に大判の手帳にびっしりと書いた。
それもいい加減な字ではなくて、まるで判を押したようなきちんとした字だった。
わたしが子どもの頃、父からよく言われたのは、
字は威張って楷書で書けということである父の字は崩れていない。

子供たちの心の健康さを知る手がかりになる。

父親がピシャッと抑えたあ楷書できちんとしている。腕を左右に大きく振りながら父は、字を書いていた。人によく威張った字を書けと言うだけに、なるほど父の字はどっしりしており、まん丸くて、ひょろっとした字など一切ない。
随筆も、歌も、すべて手帳が元になっているので、父にとっては手帳は命の次に大事なものであったかもしれない。わたしも同じで、手帳がないと一日も暮らせない。電話が鳴ると反射的に手帳をつかんでいる先日も精神病院協会の事務室に出勤したあと、手帳を忘れたことに気がつき、て手帳を届けさせた手帳がないと、わたしもまた不安なのだわざわざ車を使っそう言えば、手帳をなくしたときの父の行動は、まさに粘着性性格の権化みたいなものだっ山陰の旅先で手帳を紛失したとき、その町の学校の先生に頼んで全校生徒を集めてもらい、生徒に手帳探しの依頼までする。

子どもでもやる気スイッチは入るのです。

子どものレベルに身を落とせというのではない。自分から筆をとってポスターを描き、町のあちこちに貼ることまでして
いる。許可を得て、神社のサイ銭箱の中まで見せてもらってもいる。これも、手帳の一冊くらいまあいいや、という態度ではなくて、とことんまでやらないと気がすまないのだ。これが父の性格の中心である-そのうえ神経質がミックスされていた神経質である。
その次が、父はしょっちゅう何を気にしていた頭に一度何かの考えがこびりつくとなかなか離れないらしく、同じことを翌日も翌々日もくりかえし言う。あの時はこうすればよかったというような後悔をする。取り越し苦労もしばしばである粘着性の激しさ、鋭さが、神経質の小心さで気になってしょうがないというところとミックスしていた。


父親がピシャッと抑えたあ 母さんはその後真央ちゃんに対して腹が立つという しつけるのではなく