母さんはその後真央ちゃんに対して腹が立つという

成績が不振であれば

ただ努力して、何事も根気よく懸命に生きてくれれば、それでいい。
今の子どもたちに襲いかかっている大きな問題は、親の期待過剰だ。今は子どもの数が少なくなったから、無理からぬことなのだが、しかし、すぎた期待過剰が子どもから痛いしっぺ返しを受けている現実がある。
平々凡々に、なんとか生きてくれればけっこうというくらいの気持ちで、大した問題は起こらないはずだ。
親が子に接していればところが、今の日本は激しい競争社会なので、親がのほほんとしていたら、子どもが落ちこぼれになってしまうという不安から、親がいやがる子どもの尻をたたいているという感じである。この気持ちが強くなると過保護、過干渉に発展してゆく。
わたしの場合、子どもが、この人のところには紹介がなければ行けない、どうしても会わなければいけないときには、紹介状を持たせてやるとか、電話をかけてお願いする程度の援助はしてやる。
しかし、初めから、子どもが頼みもしないのに、おれが紹介状を書いてやる電話をかけてやるから行きなさい
などとはもちろん言わないし、また言いたくもないどこからが過保護、過干渉になるかという線は、あくまでも親が決断すべきであろう。



子どものためによかれと思って
プラスマイナスのバランスをとるようにする。誰でも自分の子どもには盲目になる部分もあるから、このへんがなかなかむずかしいのかもしれない。傲慢にならず謙虚な目を持つように、親も子も絶えず自戒する必要がある。
-子どもに対して何ごとも百点満点を望むなわたしは父親としては、及第なのかどうかまだわからないらいのところをウロウロしているところだろうか。
点数をつければ五十点から六十点く人間の本当の価値は、死ぬ直前にならないとわからない。棺桶に足をふみ入れたときに子どもたちが判断すればいい。だが俗人はそういうふうに考えられないから、ついグチが出たり、不安になったりするのだ。

  • 教育化してき
  • 幼稚園の年長の時
  • しつけの主役は親

大学に入学して

勉強を志して夜間しょせん、人間は死ぬのであるから、死んでしまえば、いから、あまり神経質にならなくてもいいのではないか。
後は野となれ山となれで、何もわからな子どものことをただハラハラと気をつかい、このままでは死ねないと言っている人がよくいる。そのため、死ぬことがひどく恐ろしい。それが不安神経症のもとになる。やれ動悸がする、頭が痛い、体がどうとか、いろいろな肉体症状を持つことになる。ノイローゼには、死にたくない.死ぬのが怖いという自分の肉体に対する恐怖からくるものがあるいつ死んでもいい、死んでしまえば子どもたちがどうなろうとわからない、ノイローゼなどにはならない。
母親への依存度が高い子ほど危険一時期しき

母さんが心配しますと悟りを開いた人は百点満点の親などむろんこの世に存在しない。外見はたいへんいい家庭に見えても、少し立ち入って実情を知ると、人に言えない悩みがたくさんあるものだ。この人にして、この悩みがあるああこれが人生だなと思う。
大邸宅に住み、金はあり余るほどありとみえる、社会的地位の高い人でも、こんな悩みがあったのかという人がたくさんいるものだ。とにかく、百点を望まないことが、いちばん安全な生き方だ。ただし、ベストを尽くさなくてはいけない。ベストが無理なら、とにかく出来るかぎりの努力をしなければならない。
受験生に、「志望校に無理をして入らなくてもいいではないか、気持ちをゆったりと持て」と言うと、それでは勉強する気持ちがなくなると反撃してくる。

しつけが身につい人です。

だが、初めから何が何でもと固くなっているから実力を発揮できない。落ちたと思って、合格通知がくればオンの字だと思うくらいでちょうどいいのだ。
わたしの外来患者にも、東大を出て、就職もできない青年が来る。こちらがしゃべると、すぐでもとか、しかしの言葉がひんぱんに出てくる。要求水準が高すぎて、何ごとも満足できないのだ。卒業してから三、四年たってもまだ就職できない。
海外協力隊でアフリカのある国に行っても、逃げ帰ってきてしまう。
なぜ逃げ帰ったのかと聞くと、文明がないと言う。
「当り前だろう、文明がないからこそ、あなたが行くのだ。その気持ちを解消しないと就職できな
い、そのうち野たれ死にするぞ」と言っても、暗い顔をして、理屈ばかりこねている。
母さんもたくさんいます。

子供たちを評価せざるを得

子どもたちも!親は期待して東大まで出したのにこのザマだ。親の気持ちはどんなだろう。親の期待が大きければ大きいほどショックも大きい。
親の立場もまた、要求水準が高すぎないほうが安全だ。
し、親の嘆きの原因になる。
しばしば、親の欲目は子どもをスポイル

父親は子どもの進路にどういう態度をとるか

-親より他人の説得が効くこともある子どもたちがわたしのことをどう考えているか、特別に考えたことはない。ある時期は、怒鳴ったり、叩いたりしたこともあるが、それはそんなに長い期間ではない。むしろ話のわかるオヤジ放任しすぎた父親、とわたしを見ているかもしれない。
事実ああしろ、こうしろなどということはほとんどなかった。子どもを痛めつけたのはわたしの中年期の最も忙しく、最もストレスの多い時期であった。